令和8年5月、3年ぶりの薬師寺へ

薬師如来と玄奘三蔵へ、インド渡航のご報告。

薬師寺

私には訪れなくてはならない「けじめ」がありました。
美しい五月晴れのゴールデンウイークは『春の特別拝観』が行われていました。

中門に立つのは、珍しい武装姿の二王像。
口を閉じた『吽形』が、キリッと門を固めていました。

吽形像(令和8年5月)

法話は楽しいので、出来る限りお聞きするようにしています。

僧侶の掴みは、
大仏の「東大寺」、最古の木造建築「法隆寺」よりも知られていない。
という、奈良に在れど悲しいかな「薬師寺」の知名度の低さ。
京都の「清水寺」、阿修羅像で有名な「興福寺」も、同じ”法相宗”である。
という、有名寺院を出して名を売りたい「法相宗」の知名度の低さ。

この2つの自虐ネタにて、和ませて頂いたところより、お話が始まります。

中門より見る東塔と金堂(令和8年5月)

本尊は薬師如来

「薬師如来」はサンスクリット語では「バイシャジャグル」と言います。
インドに於いてバイシャジャグルの絵画や仏像を求めた時には、英語で「メディスンブッダ(医療のブッダ)」で通じます。

【バイシャジャグル(भैषज्यगुरु):薬師瑠璃光如来】
「バイシャ」が”医療”で、「グル」が”師”、「医の師」で”薬師”となります。
左手には”使っても無くならない薬壺”を持っているのが特徴の如来。
東の方角の浄瑠璃世界をお護りいただいております。

医療の如来さんなので「健康」についての法話。

健体康心」が易経(四書五経)にあり、短縮語として「健康」という言葉が生まれたとする説のお話しでした。
出典の正確さを求めて易経を調べてみても、みつける事が出来ませんでしたので別の機会に。

もしこの由来について詳しい文献をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントなどで教えていただけると嬉しいです。


「健康」に関する別の話を致します。

白隠禅師

平成30年9月に発行された「日本医史学雑誌」第64巻 第3号より、
看護学者の平尾真智子氏による投稿「白隠禅師の仮名法語にみる『健康』の語の使用」を拝読し、近世の「健康」について学んでみました。

(社)日本医史学会のホームページより引用

まず白隠禅師(以下:白隠)という禅宗の僧侶についてのご紹介します。

禅宗」というのは総称で「臨済宗」「曹洞宗」「黄檗宗」からなります。
白隠は江戸時代中期の臨済宗の僧侶であり、自身の禅病などの克服からの書物を残しています。
名は「白隠 慧鶴(はくいん えかく)」臨済宗中興の祖といわれます。

西宮市の臨済宗海清寺(令和8年5月)

禅宗の三者

【臨済宗】(りんざいしゅう)
鎌倉時代に栄西によって伝えられます。一休さんが有名で「そもさん(什麼生)」「せっぱ(説破)」の問答(公案)が特徴的。他には漬物「たくあん」の沢庵宗彭(たくあんそうほう)もおられます。

【曹洞宗】(そうとうしゅう)
鎌倉時代、道元によって伝えられます。「座禅」のイメージが強く、生活そのものが修行となる永平寺の印象が大きいです。周防正行監督の映画「ファンシーダンス」もまだ記憶に残っています。

【黄檗宗】(おうばくしゅう)
「インゲン豆」の由来となった隠元隆琦(いんげんりゅうき)が明の時代に福建省より京都にこられ、萬福寺を開きます。の文化が強いといえるかもしれません。

楠堂蔵書『夜船閑話』

『夜船閑話』
第8代吉宗の跡を継いだ、第9代将軍・家重の時代、白隠が73歳の時に記されます。

「悟りを急ぎすぎて壊れた禅僧が、身体へ戻ることで再生した記録」と言えるでしょう。
白隠は”禅病”というものを患います。
巻末で著者:伊豆山格堂は「胸膜炎などの神経症、ノイローゼらしい」と解説されています。 

白隠は治療を求めて京都の山中に厳窟生活をしている白幽先生(以下:白幽子)を訪ねます。

白幽子は中医学の論理を解き、白隠の身体がストイック過ぎる修行の為に”水火不済(心腎不交)の状態”になっていることを伝えます。

治法として「軟酥(なんそ)の法」「内観の法」などのセルフケアを伝授。
白幽子の療治法を実践していく事で、回復するに至ります。
今でいうところの「マインドフルネス」や「呼吸法」といったものでしょうか。

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ『夜船閑話』

この『夜船閑話』は出版後、間もなく庶民にも読まれるようになり、中医学の論理や自身で行える健康法として普及していきます。
この書物が広く親しまれたことが、のちに「健康」という言葉や概念が、一般庶民の間に広く定着していく大きなきっかけになったとも言われています。


薬師寺金堂本尊台座の複製、玄武の面(令和8年5月)

一儀了畢

Yogaを学ぶにつれ、様々なスタイルを知ることになります。
身体を動かすアーサナ、瞑想や呼吸法、哲学を学んだり。
目的達成に至る手段を学びます。

鍼灸師としての日々を患者さんと接しますが、彼らにとっての苦悩は現実のもの。
中医学に於いては症状の発生原因を考察しますが、「病」も「改善」も過程がとても大事。

歴史に接する事で、”現在”が、
特別でも、他の時代に優越してるわけでもない事を教えて頂けます。

大講堂・金堂・東塔(令和8年5月)
玄奘伽藍を遠くより望む(令和8年5月)

薬師寺へはインドでの旅の報告と感謝を伝える。
今回の参拝には、そんな私なりのけじめの意味がありました。

雲一つない皐月晴れのもと、(画像処理しておりません!)
東塔のブッダ、金堂の薬師如来、玄奘伽藍の三蔵の三者へのご挨拶は完了です。
次なる目標に向け、研究を続けてまいります。

【出典】
日本医史学雑誌 第64巻 第3号(一般社団法人 日本医史学会ホームページより)
・『白隠禅師の仮名法語にみる「健康」の語の使用』著:平尾真智子
・『白隠禅師 夜船閑話 延命十句観音経霊験記』春秋社
・京都大学所蔵『夜船閑話』京都大学貴重資料デジタルアーカイブ


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