血の証『瘀血』

「瘀血」には似たような言葉として「血瘀」「蓄血」「血結」「宿血」「血積」「悪血」など様々あります。表現が違うだけでしょうか。量・質・状態などが異なるのでしょうか。
一緒に探していきましょう。


西洋医学での『blood(ブラッド:血)』は、”「液体成分」の血漿”と”赤血球などの「細胞成分」”で構成されます。

役割として、
①酸素や栄養素を運ぶ「物質の運搬」、
②pHなどの調整や体温の均一化などの「恒常性の維持」、
③免疫反応などの「身体の防御」、
④損傷部位の凝固機序での「止血作用」などがあります。

昔の医院と血液バッグ(AIで作成)

東洋医学の「血(ケツ)」は”営氣・津液・精”により構成されているといいます。氣の推動作用に受けて循環し、全身をくまなく滋養するとされます。

何で出来ていて(構成要素)、どうゆう役割(生理)があり、異常な状態(病理)を整理していきたいと思います。

血は飲食物・精より生成されますが、その作用を「化生」と言います。その材料が足りない事では”不足の病理”があらわれるでしょうし、充足されていれば問題は別のところといえるのかもしれません。

止めている水路(台湾の烏山頭水庫)[平成26年1月]

快適な状態(生理)がどういう物質で維持されているかを考えることで、問題発生(病理)を推測できそうです。


「血瘀」と「瘀血」は、同じ文字を用いながらも、語順を異にする表現です。「血瘀(ケツオ)」は血の運行が緩慢になったり、停滞が起きた病態であり、「瘀血(オケツ)」はその後の病態をさすとされているようです。

瘀・結・蓄

傷寒論をみていきます。

【イ】

京都大学所蔵『傷寒論』(一部:抵當湯の二つの頁合わせて白四角で囲む)

【傷寒論】

陽明證.其人喜忘者.必有畜血
所以然者.本有久瘀血.故令喜忘.
屎雖鞕.大便反易.
其色必黒.宜抵當湯下之.二十四

陽明証、その人喜忘する者は、必ず畜血あり。
然る所以の者は、本と久しき瘀血あるをもってなり。故に喜忘せしむ。
屎は硬しといえども、大便はかえって易し。
その色必ず黒し。抵当湯をもってこれを下すべし。方二十四。

「久しき瘀血」をもって、”喜忘(キボウ)”、は、必ず「畜血」あり。
しばらく続く長期の瘀血によって畜血となり、喜忘(「物忘れ」や「認知機能の低下」)となる。と書かれています。

ここでは、”瘀血の長期化が畜血という悪化”に注目しておきたいと思います。

【ロ】

京都大学所蔵『傷寒論』(一部:「尸厥」の病の所を白四角で囲む)

【傷寒論】

少陰脉不至.腎氣微.少精血
奔氣促迫.上入胸膈.宗氣反聚.血結心下.
陽氣退下.熱歸陰股.與陰相動.
令身不仁.此爲尸厥.

少陰の脉至らず、腎気微にして、精血少なし。
奔気、促迫して上りて胸膈に入り、宗気反って聚まり、血、心下に結ぶ。
陽気退き下り、熱、陰股に帰して、陰と相動く。
身をして不仁ならしむ。
これを尸厥となす。

※ 尸厥(シケツ):意識を失い、呼吸や脈が極めて弱く、仮死状態の様

留まる赤い風船(AIで作成)

腎気が衰え、精血が不足
下より氣が突き上げ、胸隔に入り込み、宗氣が停滞し、血が心下で結ぶ

腎と精と血の変化でおきる氣の奇行と、胸と腹との間に血の鬱結の記述です。

血瘀 < 血結 < 瘀血 < 蓄血
同じタイムライン上というのは、やや無理がありますが、イメージとして「血が鬱滞する」⇒「血が結びつく」⇒「滞りが成立」⇒「瘀血の長期化」という仮説が立ちそうです。

傷寒論の2つの事例、【イ】は「喜忘(キボウ)」と「蓄血」、【ロ】は「尸厥(シケツ)」と「血結」の関係にて、血の鬱滞が臓への悪影響の可能性が描かれています。


日本の漢方医より”血の症状”への生薬をみていきます。

吉益東洞

吉益東洞(1702–1773)は、江戸時代中期の漢方医。(以下:東洞)
『傷寒論』を重視する実践的な医家。独自の「万病一毒説」や腹診を重視する診療法を用いました。著作としては『類聚方』や『薬徴』などがあります。京都で山脇東洋(日本で初めて解剖を行った医師)に認められ世に出る事になります。次男の吉益南涯も医業を継ぎ、弟子の中には世界で初めて全身麻酔での手術を成功させた華岡青洲がおります。

『吉益東洞』国立国会図書館デジタルコレクションより/Public Domain

『薬徴』より

水蛭 主治血證也。(水蛭は、主として「血証」を治す。)

張仲景の『傷寒論』などの条文を用いて、水蛭を用いた「血」の症状を上げているところになります。少腹鞕満・小便不利、腹満の自覚、健忘・黒色便など、「血証」の条文を並べています。血虚も血の推動する力や滋養作用の低下などにより、血行不利につながる場合があります。

※ 水蛭(すいてつ):ヒルの体を乾燥させた動物性生薬。

楠堂蔵書『薬徴』下巻「水蛭 三十二葉」の所

【薬徴】

按診血證也。其法有三焉。
 一曰、少腹鞕満而小便不利者、此為有血而不利者為無血也。
 二曰、病人不腹満而自言腹満也。
 三曰、病人喜忘、屎雖鞕、大便反易、其色必黒。此為有血也。
仲景式診血證之法、不外於茲矣。

腹診しての血証は、この三つである。
 ① 下腹部が硬く張り、小便が出にくい場合、これは血が停滞していると考える。
 ② 患者自身が「腹が張っている」と訴える場合である。
 ③ 患者に健忘あり、便が硬いが排便はかえって易く、便の色が必ず黒い場合。これは血の証である。
仲景の血証を診る法、茲に外れざるなり。

楠堂蔵書『薬徴』(著者:吉益東洞)日本漢方医学研究所により昭和55年発行

張仲景「傷寒論」は中国の後漢の時代(AD200年頃)、吉益東洞は江戸時代の中期(AD1750年頃)の京都と、時空が大きく異なります。国家の医療技術・考え方の違いも異なる中で中医学的なエビデンスの共有が楽しく感じる現在(AD2026年)です。

『名醫 吉益東洞宅蹟』現在は竹間公園[令和08年7月]

血が滞る事で起きる古代の症例より上げてみました。打開策を考える最初の一歩はイメージすることかもしれません。血の構成要素は飲食物と精から、氣の推動力によって身体を栄養します。

比較してみます。
・「座りっぱなしの作業」と「無理のない適度な運動」
・「横になりっぱなしでの浅い呼吸」と「胸腔がしっかりと動く呼吸」
・「動くのが辛くなるような満腹の食事」と「腹八分にて食後も快適に過ごせる」

対峙させることで、養生という防衛策を推測する事が出来そうです。

若草山の水量の乏しい小川[平成26年7月]

緩やかに流れる鴨川[平成26年7月]

「血」の瘀滞がどの程度であるか?丁寧な診療が必要です。安易に自己判断せず、精密な弁証(お身体の状態)をもって判断されるように専門家へお尋ねください。

研究を重ねてまいります。

『趙刻宋本傷寒論』

京都大学デジタルアーカイブ『傷寒論』

私たちが読んでいる『傷寒論』は、明代(16世紀末)の趙開美(蔵書家・出版家)が宋本を保存し、忠実に刊刻した『趙刻宋本傷寒論』の功績が大きいとされています。
今回のBlogの「傷寒論」は京都大学所蔵の趙版を使用させて頂きました。


【参考文献】
・『新版 東洋医学概論』 医道の日本社
・『解剖学』 医歯薬出版株式会社
・『生理学』 医歯薬出版株式会社
・『中医病因病気学』
・『中医弁証学』
・『鍼灸医学事典』
・『中医臨床のための 舌診と脈診』
・京都大学デジタルアーカイブ『傷寒論』
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00003126

コメントを残す